『A×P』

 天津で逢ったそのひとは、いつも微笑んでいた。
 まだ未熟な修道士のわたしだったけれど、いつか彼女みたいに素敵な司祭になりたいとおもった。

 初めて逢ったのは、わたしがカブキ忍者に追われていたときだった。瀕死のわたしを、さっそうと現れた彼女が救いだしてくれた。
 あとで彼女は支援型だと言ったけれど、長い髪をなびかせて忍者を難なくあしらってしまう彼女はまるで、伝承の中の戦乙女みたいに優美だった。
「お陰で助かりました……ありがとうございました」
 わたしは畳みにへたり込んだまま、彼女を見上げて感謝の言葉を述べた。立ち上がるべきだとおもったけれど、腰が抜けてまだ立てそうになかった。
「こういうのはお互いさまよ。気にしないで」
 彼女は目と唇を細めて微笑する。凛とした顔立ちが、人懐っこい笑みにかわる。見惚れてしまった。同性なのにドキドキしてしまうのもしょうがないくらい、素敵なひとだった。
 手を振って去っていく彼女を、見えなくなってからもしばらく見送っていた。

 それからわたしは、彼女とおなじ栗色の長い髪の司祭を見つけると、立ち止まって顔を確認するようになった。
 その甲斐あってか、それから何度も、わたしと彼女は畳の迷宮で会った。
 最初のうちは、彼女を見かけたわたしから声を掛けていたけれど、そのうち彼女のほうからも声をかけてきてくれるようになった。
 効率がそれまでの半分になるくらい、よく話した。
 楽しかった。彼女はあまり喋るほうではなく、わたしの話に相槌を打っていることのほうが多かった。だけど聞き上手というのだろうか――わたしは何故だか、彼女にだと色んなことを気軽に話せた。
「わたしも早く、司祭になりたいな」
「え、どうして?」
「だって、司祭になったら堂々と臨時公平のパーティーに入れるじゃないですか。このレベルで修道士だと、募集にも入りづらくって……」
「そう、ね――」
「ですよねぇ。お姉さんみたいな司祭だったら、臨時広場でも引く手数多なんじゃないですか?」
 そう言ってから気がついた。
 どうしてこのひとは、カブキ忍者をあしらえるだけの実力を持っているのに、こんな辺鄙なところにひとりで来ているのだろうか――と。
 その疑問が顔に出てしまっていたのだろう、彼女は困ったように微笑する。
「臨時は嫌いなの」
 唇のはしっこで笑っている――とても淋しい微笑みだとおもった。
「―――」
 胸のおくで、だれかがオルゴールのねじを巻く。
 ねじを巻かれたわたしは、唇をひらく。
「泣かないで」
 そう言って、彼女を抱きしめていた。
「泣かないで。もう平気だから……泣かないで」
 わたしは何度も繰りかえし、彼女の髪を撫でる。淡い栗色で、長くてふんわりとした髪を撫でる。
 最初はおどろいて身を硬くしていた彼女から、ゆっくりと力が抜けていくのが、抱きしめる温もりと一緒に伝わってくる。
 彼女の額が、わたしの肩口に押し付けられる。
「……泣いてないわよ」
 かすれ声の彼女を、わたしはずっと抱きしめていた。

 このひとに助けになりたい――心の底から、そうおもった。そしてまた、同時に予感した。
 このおもいは、いつかかならず彼女を苦しめてしまうだろう、とも――。



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