くろすけの鳴く頃に 〜罪作り編

 作家兼民俗学者の草壁タツオは、生まれ育った塚森村に戻ってきた。その理由は、この村に古くから伝えられている「トトロ伝承」の真相を確かめるためである。
 十年に一度目覚めるトトロさまに生贄を捧げれば、それから十年の豊穣が約束される――それがトトロ伝承の大要だった。
 トトロに捧げる生贄の役目は、トトロ信仰の祭祀である草壁家の子女に与えられてきた。生贄になることを定められて草壁家に生まれてきた女児には、サツキという名前が与えられるしきたりがあった。
 タツオの姉もサツキという名前だった。
 子供時代のタツオはある晩、姉が生贄になることを認められず、一緒に村を逃げようと持ちかけた。しかし姉は「これがわたしの役目だから」と首を横に振った。
 そしてタツオはひとりで村を飛び出した。それ以来、実家と連絡を取ったことはなかった。姉がどうなったのかも知らなかった。ただ、きっと行方不明という扱いになっているのだろうと思っていた。
 あれからまた十年以上が経って、時代も大きく変わっている。もしかしたら、トトロ信仰はもう廃れているかもしれない――そう思いながらも、タツオは塚森村に戻ってきたのだった。

 十数年振りに村へ帰ったタツオは、草壁家がいまだつづいていることを知る。親戚筋が草壁本家を継いだらしい。新しい草壁の家には娘がふたりいて、名前をサツキとメイといった。
 タツオは、このふたりの娘が生贄となるようなことがないように、トトロ伝承の真実を検めるという思いを強くする。
 禁忌の森に踏み込んだタツオは、そこでトトロを見る。巨大な灰褐色の塊。それこそ、言い伝えられてきたトトロの姿だった。
「トトロは本当にいたんだ」
 恐れおののいたタツオは森から逃げ出す。そのとき、衣服に付着していたトトロの体毛に後で気がつく。
「いや、これは毛じゃない。なんだ?」
 大学に戻ったタツオはその毛を分析して、それが黴の一種であること、動物の死肉に食べて爆発的に繁殖すること、またその際に「白、青、灰色、黒」という順番で色味が変わっていくこと、吸引すると幻覚作用を引き起こすこと――などを知る。
 タツオは、この黴こそがトトロの正体なのだと推測する。塚森村に戻ってそのことを村人たちに伝え、生贄などという風習をもう止めるように説得する。
 しかし、村人たちはその説明に納得しなかった。
「トトロさまの正体が何だろうと、村は今日まで平穏無事に存続してきたんだ。儀式を止める必要がどこにあるというんだ」
 そうだそうだ、と口々に儀式の続行を主張した。
 村人の説得を諦めたタツオは、サツキとメイを村から連れ出そうとする。しかし途中で村人に見つかってしまい、タツオはふたりの子供を連れて禁忌の森に逃げ込む。村人たちは躊躇したが、やがて三人を追いかけて森に踏み入る。そしてトトロの祭壇で三人を追い詰める。
 そこでタツオや村人たちは巨大なトトロの姿を目の当りにする。タツオは咄嗟に、それが黴を吸い込んだことによって引き起こされた集団幻覚だと直感し、忘我から立ち直る。
 寝起きの獣そのままに暴れるトトロに村人が恐れおののいている間に、タツオはサツキとメイの手を引いて森から抜け出し、そのまま村を脱出する。

 東京に戻ったタツオは、村の風習についてしかるべき機関に訴え、サツキとメイが村に連れ戻されないように手を打った。このときすでに、塚森村近くの森で起きた集団惨殺事件がマスコミを賑わせていたから、生贄の儀式などという非現代的な内容についても真摯に取り上げてもらうことができた。
 タツオたちが逃げた後、森に入り込んだ村人たちはひとり残らず惨殺されていたのだ。
 タツオも警察から取調べを受けたが、結局、「大型の獣が村人たちを襲った」ということで事件は一応の決着を見る。遺体から獣に食い殺された痕跡が見つかったからだが、凶行を行った獣については見つからずじまいである。
 サツキとメイは児童養護施設に引き取られた。最初は環境の急な変化に戸惑っていたふたりだが、足繁く通うタツオと彼の婚約者・靖子に最近は笑顔を見せるようになっている。ふたりは間もなく結婚する予定であり、結婚したらすぐにでもふたりを養子に迎える予定でいた。
 紆余曲折を経たものの、タツオはようやく過去に決着をつけて、新しい幸せを歩き始める……はずだった。
 養護施設を謎の伝染病が遅い、児童全員と大人数名が死亡する。児童全員――もちろん、サツキとメイも含まれていた。そして、同じ症状で苦しんだ後に靖子も死去する。
 だがなぜか、タツオにだけは病状の影すら訪れなかった。

 タツオが禁忌の森で見たトトロが、黴を吸い込んだことで見た幻覚だったのか、それとも本物のトトロだったのか? 謎の伝染病がトトロ伝承と関係あるものなのか? どうしてタツオは平気なのか?
 もはやタツオに、真相を知ろうとする気力はなかった。草壁タツオの人生は、アパートの自室で首を吊ることで幕を閉じた。

 くろすけの鳴く頃に、されど、謎はいまだ醒めぬまま――。




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