くろすけの鳴く頃に 〜夜明かし編

 父とともに田舎へ越してきたメイは、父の生家だったという新居を探険する。そのとき、押入れの襖が開いていることに気がつく。ふしぎに思ってなかを覗いてみると、天井板が一枚外れて、奥の暗闇がサツキを手招きしていた。
 好奇心に負けて屋根裏に上がったメイは、そこで“黒いもじゃもじゃ”を目にする。
 そのことを父に話すと、父は見たこともないような厳しい顔をして「もう二度と、そこに入ってはいけない」と言いつけた。
「でも、でも――」
 と、父の一方的な命令だけではとても納得しそうにないメイに対して、父は表情を和らげると、こうつづけた。
「メイが見たのはきっと、“まっくろくろすけ”だよ。あれは古い家の天井裏なんかに住み着くことが多いんだ。害はないけれど、触るととても汚れてしまうから、近づいてはいけないよ。いいね」
 笑顔でそう言われて、メイはいちおう納得する。
 その後、押入れの襖はガムテープでぴっちり塞がれてしまって、メイがもう一度天井裏に上がることはできなかった。
 その気になればガムテープを剥がすこともできたし、天井裏に上がることもできた。けれど、父の態度を思い出すと、そうすることは躊躇われた。だから、「あれは“まっくろくろすけ”で、大したものじゃないんだ」と決めつけて忘れることにしたのだった。
 その後、メイは町にひとつしかない小学校で知りあった勘太の祖母から、「サツキちゃん、生きとったのか!?」と言われる。その晩、メイは父にそのことを話す。
「そんなことは知らない!!」
 父の予想もしていなかった激昂に、メイは心臓が止まる思いをした。その一言以外、父は何も話さなかった。
 恐ろしい思いで眠れぬ夜を過ごしていたメイは、庭から聞こえる物音に気がつく。土を掘り返す音だ。気になって、恐る恐る様子を見にいったメイは、庭をスコップで掘り返している父の姿を見つける。鬼気迫る表情に、メイは布団に逃げ変えって眠れないまま朝を迎える。
 翌朝、メイは自分を起こしにきた父に怯えたが、父の顔には朗らかな笑顔が浮かんでいた。
「メイ、ちょっときてごらん」
 父はメイの手を引いて庭に連れていく。一抹の怖さはあったものの、父の笑顔と朝の光景に警戒心を薄れさせて、素直についていく。
 庭には、メイが数日前に植えていた朝顔が、新芽を芽吹かせていた。
「ほら、見てごらんよ。芽が出ているね、やったじゃないか」
 嬉しそうな父に、メイはぎこちない笑顔で頷いた。そうしながらメイは、そこが昨晩、父が一心不乱に穴を掘っていた場所だと気がついていた。自分が種を植えた場所ではないことに気がついていた。
 お父さんは一晩かけて、朝顔の芽を移し変えたのだろうか。それとも、一晩かけて行った“何か”を隠すために、わざわざ新芽を用意して、朝顔の芽吹きを演出したのだろうか――。
 頭をぐるぐると思い悩ませるメイをよそに、父はネジがひとつ外れたかと思うほど楽しげな調子で話しつづけていた。

 どうしても気になったメイは、勘太の祖母に「サツキとは誰か」と問いただす。始めは渋っていた老女も、じきに根負けして話し始める。
「草壁さんはずぅっと昔、まだ奥さんが生きておった頃にも、この町に住んでおったんじゃ。そのとき、草壁さんと奥さんの連れておった女の子が、サツキちゃんじゃった」
「それってつまり……わたしのお姉ちゃん? でも、わたし、お姉ちゃんがいたなんて聞いたことないよ」
「ふたりがこの町を出ていったのは、サツキちゃんが沼に落ちて亡くなったからじゃ」
 勘太の祖母は細々とした抑揚の薄い声音で喋りつづける。
 ――いまから数年前、この町で暮らしていた草壁夫妻にはサツキという幼い娘がいた。母親はまだ入退院を繰り返すようになる前で、親子三人は仲睦まじく暮らしていた。
 しかしある日、サツキは夜になっても家に帰ってこなかった。心配した両親は警察に電話して、大人たち総出でサツキの捜索が始まる。そして、子供だけで入ってはならないと言ってあった森のなで、沼に浮かんだサツキの靴が発見される。サツキは森で遊んでいて、沼に落ちてしまったのだと判断された。
 その日以来、もともと身体の弱いほうだった母親はめっきり元気をなくしてしまう。気分を入れ替えたほうがいいと考えた父親は、妻を連れて町を離れていった。
「それ以来、家族三人が暮らしていた家は、メイちゃんたちとお父さんが戻ってくるまで、ずっと空き家のままじゃったんじゃ」
 勘太の祖母は時間をかけてそこまで話すと、息を整えるように口を噤んでしまった。
「じゃあ、あたしが生まれたのはこの町を離れてからのことなの?」
 メイの質問に、老女はゆっくりと頭を振る。
「たぶんな。少なくとも、草壁さん夫婦が町を出ていったときには、夫婦ふたりだけじゃった」
 それ以上のことを、勘太の祖母は知らなかった。もしかしたら知っていたのかもしれないが、話し疲れてたと言って、奥に下がってしまったから、聞き出すことはできなかった。

 自宅に帰ってからも、メイの頭は昼間に聞いたことでいっぱいだった。メイが物心ついたころから、母親は病気がちだった。父に連れられて母の病室まで出かけた記憶が残っている。
 父も母も、いつも優しく微笑んでいた。ふたりの口から、自分に姉がいたという話を聞いたことは一度もない。
 話したくないことだから話していないだけなのかもしれないし、大人になったら話そうと決めているのかもしれない。それか、どんどん身体が弱っていく母親の気持ちを慮って、その切欠となった姉の存在をなかったことにしようとしているのかもしれない――と考えて、やはりそれはないだろう、と思いなおす。
 もしも姉の存在をなかったことにしようとしているのなら、いくら母の静養のためとはいえ、一度離れたこの家に戻ってくるということはあるまい。
 むしろ、当時のショックがようやく癒えて、幼くして亡くなった姉の思い出と暮らしたいと思えるようになったのではないか? だとすれば、父に姉のことを聞いてみてもいいかもしれない。父は怒らないで、「そうか、町のひとから聞いたんだな。いいよ、話してあげる」と言って、懐かしそうに目を細めながら、わたしのお姉ちゃんのことを話してくれるかもしれない。
 そう考えたメイは夕食の席で思い切って、父に尋ねてみた。
「ねえ、お父さん。わたしのお姉ちゃんって――」
 それ以上、口にすることができなかった。父の手から落ちたご飯茶碗が派手な音を立てて、ちゃぶ台を転がったからだ。幸い、割れはしなかったが、それを喜ぶ気にはなれなかった。
「――いない」
「え?」
 聞き返しながら、メイは表情を失くした父の顔を、まるで粘土遊びで作った人形のようだ、と思った。のっぺりした皮膚に、両目と口の穴を開けただけ。
 だが、そんな感想を抱いたのも一瞬のことだった。
「いない。おまえに姉なんかいない。いない、いないいないいないいいない! いないといったらいない! いないんだ!!」
 狂ったように「いない」を連呼する父の形相に、メイは心臓が飛び出さないように口元を押さえるので精一杯だった。
「いない、いないんだ。サツキなんていないんだ。消えたんだ、いないんだ。もういない。もう出てこない。見つからない。いない、いないんだ。いないんだ。いない、いないんだ……」
 箸を握ったまま壊れたレコードのようにぶつぶつと呟きつづける父を、メイは見ていることができなかった。居た堪れなかった。怖かった。
「ごっ、ごちそうさま!」
 メイは跳ねるように立ち上がる。膝がちゃぶ台に当たって「がんっ」と重たい音を立てたが、痛がる時間すら惜しかった。
 一目散に居間を飛び出していくメイの姿を、父の瞳は影すら映していなかった。
 メイの膝が当たって弾みで落ちたご飯茶碗の中身が、畳にべたりと零れた。俯いたまま呟きつづけるタツオは、そうした物音に反応することもなかった。

 またも眠れぬ夜を迎えたメイは、夜半過ぎ、ついに決心を固める。
「お父さんは何かを隠している。わたしは、それを知りたい――ううん、妹として、知らなくちゃならないんだ」
 決意した布団から出たメイは、足音をできるかぎり忍ばせて、ガムテープで封鎖された押入れのところに向かった。この家に越してきて最初に見つけた謎――押入れの天井裏で見たものの正体を確かめることから始めようと考えたのだ。
 途中で、父の寝室に寄って、父が間違いなく眠っていることを見届けてから、二階の押入れに向かう。カッターを持ってくることも忘れない。
 ガムテープを張り巡らされた押入れというのは、夜に見ると想像以上に怖かった。けれど、いまさら後には退けない。というより、退いてしまったらもう二度と、押入れを空ける勇気を持つことはできないだろう。
「……よし」
 深く息を吸ったメイは、カッターの刃を出して作業を開始した。
 音をさせないように、少しずつガムテープを切っていく。そのうちにコツを掴んで、引き戸の稼働部分を目張りしている部分だけを切っていく。
 正確な時間はわからなかったけれど、メイの体感にして一時間くらいした頃、ようやくガムテープの封印を切り取ることができた。ガムテープを引き剥がしながら強引に開けるつもりだったら、もっと早く終わらせることができたのだが、父を起こさないように開けたかったので時間をかけざるをえなかったのだ。
「……」
 踏ん切りをつけるために唾をごくりと飲むと、メイは引き戸をそろそろと開けていく。
 押入れの奥はやはり暗闇だ。手探りで確認しながら二段目に上がると、両手を上にゆっくり伸ばしていって、天井板が外れたままであることを確かめる。
「開いてる……」
 天井板は外れていた。まるで逆向きに開いている落とし穴のようだと思った。
 メイは懸垂の要領で天井裏に攀じ登ると、以前に“まっくろくろすけ”を見つけた方向に目を凝らす。そこでようやく、懐中電灯を持ってくればよかった、と後悔する。暗闇の中、天井裏の奥を見通すなんてこと、猫でもなければできない。
 しかたない。一度戻って懐中電灯を持ってこよう――メイがそう思ったときだった。
「誰か、そこにいるのか? メイか!? そうなんだな!!」
「――!」
 咄嗟に悲鳴を上げなかったのは、奇跡に近かった。下のほうから投げかけられた怒声の主は、父・草壁タツオの声だった。
 声につづいて、明りが投げかけられる。父は懐中電灯を持参してきていたようだ。
「メイ、そこにいるんだろ。出てきなさい。早く! 早く出るんだ!!」
 甲高い悲鳴にも似た怒鳴り声が、明りと一緒に近づいてくる。父が押入れに入ってきたことは間違いあるまい。メイは恐ろしさのあまり、天井裏を這うようにして奥へと進んでいた。
 暗い天井裏は怖いけれど、いまの父はもっと怖い。
 メイの移動する物音が聞こえたのか、それとも最初からメイがここにいることを疑っていないのか――父の声と懐中電灯の明りがいっそう近くなる。
「メイ、戻ってくるんだ! いっちゃいけない! そこにはなにもないんだ!!」
 金切り声と、ばたばたと暴れるような声。つづいて、がたん、と大きな物音がはっきりと響く。その音でメイは、父が天井裏に攀じ登ったのだということを察知する。
「ひ――っ」
 メイは反射的に光の薄いほうへと逃げた。そして、見てしまった。
「まっくろくろすけ……」
 薄明かりに照らし出されたそれは、黒いもじゃもじゃの塊だった。よく見ると、黒というよりも深緑に見える。塊というと、せいぜいひと抱えくらいにしか想像できないかもしれないから、「もじゃもじゃの小山」と表現するべきかもしれない。
 メイが膝を抱えて丸まったくらいの大きさをした、深緑の物体。それ自体がひとつの物体なのではなく、拳くらいの塊が無数に寄り集まっているように見える。
「メイ、見るんじゃない! それを見るな、見るんじゃない!!」
 すぐ背後から響いた父の絶叫に、メイは飛び上がって驚いた。その弾みで空気が大きく震えたためなのか、父が“まっくろくろすけ”と呼んだ物体が、ぶわっ、と舞い上がった。
「きゃ!」
 咄嗟に仰け反る。だけど目は離さない。
 “まっくろくろすけ”たちは生き物のように舞い上がり、四方に散らばる。そして、彼らによって隠されていたものが、懐中電灯の明りに照らし出された。
 ――悲鳴を上げることも、メイにはできなかった。そこにあったのは、恐怖漫画でしか見たことのない、骸骨だった。肉と皮のまだわずかに付着している骸骨だった。
 髑髏に開いた真黒な眼下から、深緑のもじゃもじゃが、ふわりと音もなく転がり出てきて、どこかに漂っていった。
 ごろん、と固いものが転がり落ちる音がして明りが揺れる。父が懐中電灯を取り落としたのだ。
「違う、違うんだ……。それは違うんだ。サツキじゃないんだ。あの子は沼に落ちたんだ。違う、いないんだ。サツキなんていないんだ。それはサツキじゃないんだ。違うんだ……」
 父はどこにも焦点をあわせない瞳で、また呟き始めていた。


 その後、警察の捜査によって、天井裏に放置されていた遺体が草壁サツキであることが明らかになる。取り調べに対して、草壁タツオはうわ言のように供述を繰り返していたが、歯型の一致が決め手となって、沼に落ちて死亡したとされていた彼の娘であると断定されたのだった。
 心神喪失状態のタツオからまともな供述を引き出すことは困難を極めたが、警察はサツキの死亡について、以下の結論にいたる。すなわち、草壁タツオは自分の娘であるサツキを殺して天井裏に隠し、靴を沼に投げ入れて偽装工作を行った――という結論だ。
 だがしかし、その犯行動機について明確な答えを得ることはできなかった。タツオの供述は意味不明を極めており、その供述内容は普通だったらとても調書に記せるようなものではなかった。
 その後、裁判となった際にタツオは精神鑑定を受けて、精神障害と認定される。しかし、サツキ殺害後の健常な生活状況から考えると、とても彼が精神を病んでいたとは考えがたく、検察は一貫して「被告の精神は健常であり、減刑目的で精神障害を装っているに過ぎない」との主張をつづけた。
 結果的にこの主張は却下され、草壁タツオは事件から十九年が経った昭和五十ニ年のいまもなお、精神病院で療養中である。なお、心労が祟ったのだろうか、タツオの妻・草壁靖子は入院先の七国山病院ですでに他界している。
 また、事件捜査の過程で実子ではないことが明らかとなった草壁メイの素性については未解決のままである。
 草壁夫妻が養子縁組を行ったという記録はなく、行政書類上、草壁メイという人物は存在していないことになっていた。おそらくは非合法の養子斡旋組織を介して入手したのだろうと思われる。
 メイは事件発覚後、塚森村の大垣家に引き取られていたのだが、その翌年に失踪している。失踪届の提出から七年後の昭和四十一年に、失踪宣告が成立している。

 以下に、当時の週刊誌に載った『本誌記者が草壁タツオに突撃取材! これが事件の真相だ!?』とい記事の内容を抜粋する。

 ――まずは、草壁さんがどうしてサツキさんを殺害したのか、理由をお聞かせください。
「警察には何度も話したが、あれはぼくがやったんじゃない。ぼくが最愛の娘をどうして殺せる? ぼくは止めようとしたんだ。だけど無理だった。それだけだ」
 ――草壁さんが殺したのでなければ、犯人は誰なんですか?
「決まっている。トトロだよ、トトロ」
 ――トトロ? それは一体何ですか? 人物の名前ですか?
「違う、トトロは人間じゃない。あれは人食い鬼だ。山深くに住んでいて、十年に一度、里に下りてくるんだ。そして子供をひとり、食らうんだ。うちは代々、トトロに生贄を捧げてきた家系なんだ」
 ――では、サツキさんはそのトトロに食べられたというのですか?
「そうならないように、ぼくはトトロから娘を隠したんだ。沼に沈んだように見せかけたんだ。そしてそれは成功したんだ」
 ――靴を沼に投げ込んで偽装工作を行い、天井裏に隠したと?
「そうだ」
 ――ですが実際は、サツキさんは屋根裏に監禁されて死亡していたのですよね。
「事故だったんだ」
 ――サツキさんの口と手足には縛られた痕があったそうですが、それも事故ですか?
「サツキが騒ぐから仕方なかったんだ。騒いだらトトロに見つかってしまうだろ!」

 (ここで草壁氏が興奮し、宥めるのにしばらくかかる)

 ――取材を再開します。草壁さんは、トトロに見つからないようにするために、サツキさんを天井裏に隠していたのですよね。
「そうだ」
 ――ではどうして、隠したまま放置して村を出ていったのですか?
「トトロの目を誤魔化すためだ。あれは長く生きてきて、多くの人間を食らってきただけあって、疑い深い。サツキが本当に死んだのだと信じさせるには、演技をつづける必要があったんだ」
 ――ですが、草壁さんはその後、一年以上も村に戻りませんでしたよね。それはもう、演技というレベルを超えているのではありませんか?
「仕方なかったんだ。トトロはどこにいてもずっと、ぼくを監視していたんだ。きみは足が十二本ある猫を見たことがあるかい?」
 ――いいえ。
「それは幸運だ。わたしはいつも、あの猫に見られていた。あいつはトトロの眷属で、森から離れることのできないトトロに代わって、ずっとぼくを追いかけていたんだ。きみにはわからないだろうね、ずっと監視されたなかで生きつづける生活というものが。わからないだろうな、じつの娘が死んだと思い込みながら生きつづけなければならなかったぼくの気持ちが!」

 (ここでまた一時中断する)

 ――では再開します。草壁さんが村に戻ってきたのは、どうしてですか? トトロの監視がなくなったからですか?
「その通りだ。一年経ってようやく、トトロは食事を諦めて、また眠りについてくれた。だから村に戻ったんだ。いまのうちに娘を連れ出すために」
 ――話は変わりますが、メイさんのことをお聞かせ願えますか。
「メイ? ……ああ、あの子か。あの子のことはよく知らない。妻がどこからか連れてきたんだ。思えば、サツキが死んだと思い込んでいた妻は、どこか心を病んでいたのかもしれないな」
 ――奥さんは、サツキさんが屋根裏にいたことを知らなかったのですか?
「教えていたらきっと反対しただろうから、言えなかったんだ。仕方にだろう」
 ――奥さんは、メイさんをどこから連れてきたのですか? 養子斡旋所ですか?
「知らないと言っただろう。ある日突然、腕に抱えて帰ってきたんだ。ぼくが聞いたら、“今日からわたしたちの子よ”と言ったんだ。嬉しそうだったから、べつにいいかと思ったんだ。それだけだよ」
 ――わかりました。では、話を戻しましょう。塚森村に戻ってきた草壁さんは、屋根裏を確認したのですよね。
「そうだ」
 ――そして変わり果てた姿になった娘と再会したのですね。
「その通りだ。ぼくが甘かった。トトロはすべて見抜いていたんだ」
 ――どういう意味ですか?
「トトロに食われたんだよ、サツキは」
 ――もう少し詳しくお話ください。
「だから、トトロはぼくの浅知恵なんてお見通しだったんだ。猫は娘が本当に死んだのかどうかを監視していたのではなくて、ぼくが真実に気がつかないかどうかを監視していたんだ」
 ――では、猫の監視がなくなったのは、どうしてですか?
「決まってるだろ。トトロの食事が終わったからだよ。トトロは一年かけて、サツキを生きたままじわじわと食い殺したんだ。ああ、ごめんよ、サツキ。お父さんが馬鹿だった、ごめんよ、サツキ」

 (興奮して号泣し始めたために、再度中断)

 ――再開します。草壁さんはいま、“サツキさんはトトロに食べられたのだ”と仰いました。サツキさんの遺体には確かに、大型肉食獣の歯形らしきものが残されていたとの発表がありますが、草壁さんはその歯型の持ち主がトトロなる人食い鬼だ、と仰っているのですね。
「ああ、その通りだ。ぼくはひとつも嘘を吐いていない」
 ――メイさんが証言したなかに、草壁さんが夜更けに庭を掘り返していたというものがありますが、これについては?
「……」
 ――お答えいただけませんか?
「いや。ただ、あのときのことについては、自分でもよくわからないんだ」
 ――それでも構いません。体験したことを、ありのままにお聞かせください。
「わかった。ぼくはあの夜、庭にサツキの遺体を埋めようと思ったんだ。いつまでも天井裏において、黴だらけのままにしていたくなかったからね。でも、メイに気づかれたくはなかった。だから、夜更けに穴を掘ったんだ」
 ――ですが、サツキさんの遺体は屋根裏で発見されたのですよね。
「その通りだけど、ぼくは確かに、サツキを庭に埋めたんだ。土の掘り返した跡を誤魔化すために、朝顔を移し変えたりもしたんだ。間違えるはずがない」
 ――では、埋めたはずの遺体がひとりでに屋根裏まで戻っていたと?
「そんなことは知らない。誰かが掘り返して戻したのかもしれない。もしかしたら、トトロがぼくを嘲笑うためにやった悪戯なのかもしれない」
 ――草壁さんが遺体を埋めたという記憶が間違っている可能性は?
「断じてない!」
 ――わかりました、すいません。
「とにかく、わたしは間違いなく、庭に埋めたんだ。間違いない」
 ――そのことは警察に話しましたか?
「話しているし、庭を掘り返した際に、ぼくも立ち会った。だけど、ぼくがサツキを埋めた場所には、何も埋まっていなかった。これについては、本当に何が起きたのかわからないんだ」
 ――なるほど、わかりました。最後に、メイさんについて何か伝えておきたことはありますか?
「いや、とくにない」
 ――メイさんは、“まっくろくろすけ”が怖くて眠れない、と訴えているそうですが……。
「では、“そんなものはいない。あれはただの黴だ”と伝えておいてください」
 ――わかりました。以上でインタビューは終わりです。ありがとうございました。
「さようなら」

 メイの夜が明けるときがくるならば、それはきっと、くろすけの鳴く頃に。


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