くろすけの鳴く頃に 〜煤渡し編(草案)

 草壁家の因縁に誘われるようにして田舎へやってきたタツオ。
 当初は考古学者としての純粋な興味からトトロのことを調べていたのだが、やがてトトロを祀っていた草壁家の血に魅入られるように、トトロ召喚の方法探しに没頭していく。
 タツオの毎日は自宅でトトロの文献を読み漁ることと、病院で療養中の妻を見舞いにいくことの繰り返しだった。
 そうするうち、家の中で黒く蠢く奇妙な物体を見たり、複数の視線を感じたりするようになる。

★靖子が一時帰宅した日、ふたりは身体を重ねる。

 村の婆さん(勘太の祖母)たちに監視されていると感じるようになりながらも、タツオはついにトトロを呼び出す手段を見つけ出す。それはある意味で古風な方法――子供を生贄として森に捧げることだった。
★その方法は「煤渡し」という。名の由来は、森に捧げられた子供の死骸から真っ黒い煤が狼煙のように湧き上がることからくる。

 タツオは悩んだ末に、入院中の妻、靖子に打ち明ける。靖子は微笑みながら言った。
「タツオさんはどうして、トトロを呼び出したいの? トトロを呼び出して何をお願いしたいの?」
「文献によれば、トトロは苗木を一夜にして大木に育てることができるらしい。たぶん生命力を強める力があるんだと思う。その力でぼくは、きみの病気を治してもらうんだ」
「残念だけど、それはできませんわ」
「どうしてだい?」
「だって……あなた、覚えていませんか?」
「え?」
「あなたはもう、トトロさまにその願いを叶えてもらったことがあるじゃないですか」

 タツオは気づいた。家の中でときに感じていた視線は、自分の腰の高さくらい――子供の目線くらいの高さに感じていたことを。

★タツオは十二年前――二十歳のとき、生後間もないサツキを土に埋めて生贄にし、靖子の延命を願った。その願いは叶って靖子は奇跡的な回復を遂げたが、それから八年後(タツオが二十八歳のとき)、メイを産んだ直後に事故死してしまう。
 タツオは赤ん坊のメイを沼に沈めて生贄とし、靖子を生き返らせた。それから四年間、タツオと靖子は都会でささやかな幸せを囲って暮らしていた。そのうちに、トトロのことも、ふたりの娘のことも忘れていた。
 しかし、それから四年が経ち、靖子がふたたび病を患って入院したのを機に、入院から数ヶ月遅れで生家である草壁家に戻ってくる。そして、トトロや、トトロの叶えてくれる願いのことを思い出さないままに、トトロのことを調べるようになったのだ。

「今度は、病気を治すのではなくて、一生病気にならない身体をくださいってお願いしましょうか。それとも、不老不死のほうがいいかしら?」
 靖子は微笑んでいる。
 娘を生贄にした罪の意識からか、それとも世間的な幸せに飲まれたからか、きれいに忘れていたトトロや娘のことを思い出したタツオに微笑みかけている。
「でも、ぼくたちにはもう子供がいない」
 タツオが呟くように呻くと、靖子は恥かしそうに頬を染めて笑窪をつくる。
「あら、それならきっと大丈夫ですわ。あと九ヶ月だけ頑張れば、この子が生まれてきてくれますもの」
 靖子は愛しげな手つきで、自分のまだなだらかな下腹部を撫でたのだった。

 惨劇はふたたび始まる。




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