『霊じゃない』
通勤途中でいつも見る真赤な服の女。いつも後姿しか見えない彼女は、なぜか本当に後姿しか見たことがなかった。顔を見てやろうとおもって足を速めても、いつも見失ってしまうのだ。あれはひょっとして霊じゃなかろうか――。
……という体験談とも気のせいともつかない話を携帯でネットにつないで暇つぶししていた際に、恐怖体験を集めたサイトで読んだ。
「そういえば、通勤時にいつも一緒になるけれど顔のよくおもいだせない相手っているよな」
そんなことをおもっていると電車が止まる。降りる駅だ。開いたドアからプラットホームに吐きだされながら、なんとなく頭を巡らせて、いつも見かける背広の後姿を探した。
――いた。褪せた鼠色のスーツを着ている撫で肩の後姿。
いつも目に止まるのに、一度も顔を見たことのない後姿。
その後姿を追いかけようとして――ふいに肩を掴まれた。
振りかえろうとした矢先、耳元のすごく近いところで男の低い声が笑い混じりにささやいてきた。
「あれは違うよ。霊じゃない」
「え?」
驚いて振り向こうとしたが、改札口を目指す人並みに流されて、誰がささやいたのかを確かめることはできなかった。
確認できなかったのだから、ささやいたのは霊じゃないとおもっておくことにしている。