『ラプンツェルの願い』

「おはよう。よく眠れたかい、ラプンツェル?」
「……」
 目が覚めると、爽やかに微笑む宗の顔があった。しばし、理解に苦しむ。
 ――そうだった。宗は昨日、今夜は病室に泊まるとか言ってたっけ。
 食後に飲んだ薬のおかげで早々に寝てしまったわたしだけど、その時はまだ宗がそばで丸椅子に座っていたのを覚えている。いまも同じ椅子に座っているけど、こんな背凭れのない椅子に座ったまま一晩過ごしたのだろうか。
 ――というか、ラプンツェルってなんだよ?
 わたしは素直に聞いてみることにする。
「宗……ラプンツェルってなによ、あんた」
「知らない? ラプンツェルって童話」
「知ってるけど……なんで、わたしがソレなわけ?」
 一ヶ月に一度、わざわざ美容師さんに出張してもらって髪を切ってもらっている。オシャレのためじゃなくって、長いと邪魔だから――という理由なのが癪だけど、三階の窓から地面まで届くほど長くないのは事実だ。
 ちっちっ、と宗は人差し指を振る。
「ラプンツェルってのは、悪い妖精に捕まって塔に閉じ込められちゃってるんだ。でも、すぐに王子様がやってきて助けだしちゃうんだ――ほら、由佳と同じだろ」
 全然意味が分からない――ああ、分かった。
「あー、つまり……医大、受かったんだ。おめでと」
「なんだ、感動が薄いな。わざわざ朝一で母さんに発表見てきてもらったというのに」
 あやまれ、母さんにあやまれ。って、やっぱりあんたアホだよ、宗。……でも第一志望、受かったんだね。おめでとう、本当に。
「んで、まあそういうワケだから――」
 宗が小さく咳払いする。
「もうちょっと待ってろ。王子様が助けてやるからな」
「……期待しないで待ってるわ」
 わたしはちゃんと笑えた。
 宗は知っているんだろうか? ラプンツェルは王子様に助けられたんじゃなくって、王子様と密かに会っていたことが妖精にばれて、塔を追いだされたのだってことを――ラプンツェルのお腹が大きくなって服が着れなくなったから、妖精にばれたんだってことを。
 もしも宗がそのことを知ってて、わたしをラプンツェルに喩えたのだとしたら――嬉しい。嬉しすぎて泣いちゃいそうになって困った。
 わたしはラプンツェルになりたい、って心から願う。

 今日から髪をのばしてみよう。この病室からいなくなるまでに、窓から地面まで届けばいいな。



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