『睨む夜景』

 変なひとを見つけた。
 夜の急行列車。
 そのひとは窓の外を見つめていた――と思ったら、違った。窓に反射する自分の顔を見ていた。自分の顔を睨んでいた。
「どうして夜景を見ないんですか?」
 声をかけるべきではないと理解していながら、私はどうしても問い質さずにはおれず、そう話しかけていた。こういう性分だから僻地に左遷させられるのだと分かっていても治せそうにない。
「――え?」
 驚いたように振り向いたそのひとに、私は遠慮ない視線をぶつける。
 女性だった。顔立ちは、釣り目気味の目許と、いかにも日本人といった丸鼻。黒い髪は胸元にかるく触れる程度の長さで、お世辞にも艶やかとは言いがたい。
 服装もべつにブランド物だったりすることなく、こざっぱりと清潔感はあるが、別段に目を惹くという着こなしでもない。
 私の目に、彼女は“どこにでもいる女性”という印象で映っていた。
「あなたの視線は、夜景じゃなくて窓に映った自分の顔に向けられていますよね。それが不思議に思えて……ついついこうして不躾な質問をしてしまったというわけです」
「……本当に不躾ですね」
 女性は、さっきまで窓に映った彼女自身を睨みつけていた視線で、私を見つめる。私は黙って彼女が答えるの待った――彼女は嘆息混じりに口を開く。
「わたし、自分の顔が嫌いなの――それだけよ」
「自分の顔が嫌い?」
 女性の口調と目つきは、単に“顔の造作が気に食わない”という意味での“嫌い”ではないことを物語っていた。
「わたしの顔ね……父によく似ているんだって。鼻の丸いところとか、釣り目気味の一重とか、そっくりなんだってさ」
「父親が嫌いなのかい?」
「ええ――嫌い。わたしと母さんを放っておいて、典型的な仕事人間で、挙句に女つくって出ていって――わたしは幸せな結婚をするんだって決めていたのに……」
 女性はこつりと額を窓ガラスに預ける。
 その横顔を見ていて私は、彼女は印象が薄いのではなく、年に比して不相応なほど擦り切れた印象なのだと気がついた。目尻や口許にうっすら走る“苦労”という名の皺が、言葉以上に雄弁だった。
「――すまなかった」
「いまさら言わないでよ」
 夜を映す窓ガラスに、よく似た面立ちがふたつ並んでいた。



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