『ワイヤロイド』

 ワイヤロイドの老人が空を見上げている。瞳孔がかすかな収縮と拡大を繰り返し、垂れ下がった両手はかたかた小刻みに震えている――ワイヤーが劣化しているのは明らかだった。
 脳髄に埋め込んだ機器と神経線維をワイヤーで接続する。外界からの刺激を機器に組み込まれたノイマン思考群が最適解を瞬時に弾きだし、電気信号として肉体各所へダイレクトに命令を下す――複雑な反応を、脊髄反射の速度で行うことができるのがワイヤード・リフレクション・システム(WiRS)であり、このシステムは多くの軍隊や私設警備員で採用された。ワイヤーを組み込んだものたちはワイヤロイドと呼ばれた。
 従来のインストール・システム――大脳皮質に特定状況下での反応を記述したコードを焼き込む――よりも導入コストが高くつくものの、その反応速度は段違いであった。WiRSはこの後、光速神経系が発表されるまで、軍隊の世界標準だった。
 光速神経系は、WiRSで確立されたシステムをさらに進化させたものである。それまでワイヤーで接続していたものを光学繊維に換え、パルス信号を光波に換えてさらに伝達速度を高めたものだ。外科手術、強化骨格技術の革新と相まって、光学繊維がワイヤーに取って代わるのはあっという間だった。
 光学繊維とワイヤーの相違点は、信号の伝達速度のほかに耐久性の違いがあった。ノイマン思考群の算出した解答を電気信号として出力するWiRSは、いわば人為的に“ひきつけ”を起こさせるシステムだ。つねに電荷を受けつづけるワイヤーは、定期的なメンテナンスなしでは、じきに焼き切れてしまう。
 軍人としての耐用年数をすぎたワイヤロイドはもうメンテナンスされることもなく、使い捨てられた。どのメーカーもWiRSのメンテサービスをもう打ち切っていて、ヤミ調整士に高い報酬を支払わなければシステムを維持できなかった。ワイヤーを切除しようにも、捨てられたワイヤロイドたちにはノイマン思考群に依存した頭脳をリハビリさせるだけの、金も時間もなかった。光学繊維に入れ換える費用があるはずもない。
 彼らに残された道は、ワイヤーが焼き切れて瞼ひとつ動かせなくなる時がくるのを待つか、メンテ代を稼ぐために危険な仕事に手を染めるか――ふたつにひとつであった。



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