『つかれた男』

 深い雪が街をおおう。
 わたしの足跡が、白い一本道に連なっている。まだ日は高いはずだが、雪空の午後は薄暗くて人通りもない。わたしの足跡だけが連なっている。
「……きたわ」
 やがて、わたしは一軒の古ぼけた家の前で立ち止まり、ノックをすることもなく小声でささやく。すると、ずっと扉のすぐ向こうで待っていたのだろうか、鍵が開く音と男の声がつづいた。
「待ってたよ。はいって」
 男に腕を引っ張られるまま、わたしは室内へと上がっていた。わたしの髪や肩に積もった雪が廊下に雪崩れて水を広げているのだが、そんなことはどうでもいいらしい。
「この子なんだ、早く診てやってくれ」
 男の視線の先には、布団に寝かされた少女がいた。栄養が足りていないのか、痩せていて血色が悪かった――だが、とても可愛らしい寝顔だった。
「わかりました――」
 そう言って、わたしは少女の枕元に腰をおろす。両目を閉じて、意識を集中する――紙を紙縒って糸にするイメージ。ぴんと張り詰めた意識をさらに紙縒ると、閉じたままの視界が白く開けた。
 俗に言う『霊視』、それがわたしの存在意義であり、生きていくための手段だった。
「――どうなんだ。やっぱり何か憑いているのか?」
 男の問いに、わたしは首を横に振る。
「いいえ――この子には何も憑いていないわ」
「な――そんなはずがあるか! 病院で霊障だって言われたから、あんたを呼んだんだぞ!」
「でも本当だから仕方ないわ。ああ――それからあなた、つかれてるみたいね。休んだ方がいいとおもうわ」
「おれが休んでたら、だれがこいつを看てやれるっていうんだ!」
 わたしの物言いは男を怒らせてしまったようだ。霊視の代金を請求することも難しそうなので、早々に帰ることにした。二人分の霊視で疲れている身体では、激昂した男に敵いそうもなかったから。
 外にでると、まだ雪はやんでいなかった。
「……無駄働きだったわ」
 わたしの消えかけの足跡を逆に辿りはじめた。
 『あなた、憑かれているみたいね』――わたしはそう言ってあげた。それに気づくか気づかないかは男次第だ。気づいたところでもう手遅れだろうけれど。

 誘拐犯がさらった少女と心中していたという記事を見かけたのは、それから五日後のことだ。



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