『雨、きらきらと』

 コーヒー色の夜にミルクがほどける。
 雪が降る――違う。粉々に砕かれた珊瑚の欠片が、しんしんと降る。
「明日は雨ね」
 わたしはカーテンを閉めて、つぶやく。我ながら抑揚のない声だとおもう。
「雨になればいい」
 そう言いなおしてみたら、すこしだけ感情の色が宿った。水色の絵具に煙草の灰を溶いた色だ。
 ――煙草は嫌い。
 部屋で吸われるとカーテンや壁紙に匂いが残ってしまうから、わたしはいつも嫌な顔をしたものだ。だけど彼は気づかないふりをしていたのか、本当に気づいていなかったのか――いつだって、服を着るまえに煙草を吸った。だからわたしは、いつだって嫌な顔で彼を送りださなければいけなかった。
 いつからか、それが癖になっていた。
 六年ぶりに会った友達と別れるときも、わたしは眉間に皺を寄せていた。十年後の再会を約束して別れた育ての親にも、睨みながら手を振った。
 ――なにもかにもが、煙草色に濁った水色。
 壁紙を水色から黄色に塗り替えて以来、煙草色に煤けることはなかった――違う。煙草色に煤けることがなくなってから、わたしは壁紙を黄色に塗り替えたのだった。
 ――珊瑚の欠片はまだ降りやまない。
 さらさらと、静かに積もる音がきこえる。沖縄の浜辺を裸足で歩いたら、ちょうどこんなの音がするはずだ。沖縄の海はとても青かった。わたしが知っていた水色は、あの海の色だったはずだったのに。
 いまはもう、灰皿に溜まった水しか思いうかばない。
「雨になればいいのに」
 もう一度カーテンを開けたら、珊瑚の欠片がきらきら震えた。
 わたしは目を細める。

 ――睨みたかったわけじゃない。

 ただ、眩しかっただけなのに。



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