『オリオンの黎明』

 茫漠と広がる暗黒の大宇宙。そのなかで光る、一粒の宝石――青い奇跡。地球。
 いま、人類が宇宙の遥か彼方まで繁栄しているのも、地球がわたしたちを生み育んでくれたからです。
 わたしたちは忘れてはいけません。地球が、かけがえのない星であることを。

 宇宙の中央に地球が描かれたパンフレット。その地球の真中に黒点が生まれ、広がっていく。
「ちっ、なにが青い星だ。いまだに地球があるから宇宙経済が低迷するんだ」
 リックは煙草を押し付けたパンフレットを足許に投げ捨て、まとめて踏みつける。
 西暦から宇宙歴に代わってすでに四百年がたったいま、地球はもはや青い星ではない。資源はとうに枯渇し、オゾン層の消滅で生命の九割は死滅している。地球歴初期――フロンティア・エイジと呼ばれた時代から一貫して、地球は星間企業の資本を牛耳ることで金融の中心として君臨してきた。
 リックが到着を待っている星間旅客機の経営母体も、地球企業「ミカド」の六十パーセント出資会社である。だからこそ、空港内アナウンスや観光パンフレットに地球賛美のCMが紛れているというわけだ。
「そろそろ着く頃か……」
 そう思ってフライト・インフォメーション(電光掲示板)を見あげると、ちょうどオン・タイム(到着予定)がアライブド(到着)に変わったところだった。
「――行くか」
 リックが独りごちたところに、煙草とパンフレットの回収に清掃ロボットがやってくる。立ちあがるついでに蹴りつけが、車輪付きの半球体は意に介さない。
「けっ、地球産め。この仕事が終わったら、今度はおまえがゴミ箱行きだ」
 そう吐き捨てて、リックは到着ゲートへと歩きだす。べつにロボット相手に悪態を吐く愚を悟ったからではなく、もう暇つぶしの時間は終わったからだ。
 歩きながら携帯をコールする。
「全員、配置に着いているな」
 オンライン越しの返答に、リックは獰猛な笑みを湛える。
「よし……この仕事が上手くいけば、人間もロボットもメイド・イン・アースはゴミ箱行きだ。派手に狼煙をあげるぞ」
 ――通話相手の興奮が電波を通して伝わってくる。特に最後の言葉など、まさにそうだった。
「……ああ、宇宙の未来をオリオンに」
 相手とまったく同様の言葉を口にして、リックは携帯を切る。その両眼は、抑えきれぬ高揚に燃え立っていた。

 地球歴四三一年四月一二日。
 この日より八年間、地球暦とオリオン歴が並存することになる。



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