『肉人形の自動演奏(ホムンクルスのオルゴヲル)』

 キリ キリ キリ……
 発条の軋む音が、書物と機具に埋め尽くされた室内に響く。
「ついに……ついに完成した」
 感動のあまり掠れた声で呟いたのは、初老の男。
 白髪の混じる斑の髪に、伸び放題の髭。まともな食事を摂っていないのか、頬はげっそりとこけていて、睡眠の足りていない両眼は充血して爛々としたかがやきを湛えている。
 一言で形容するならば、異常。
 両眼のかがやきは、正気のものだとはとうてい思えない。
「……お、と……ま、は……」
 錆びた金属を擦り合わせたような、きれぎれの声。
 それは、男の目の前で椅子に座っている一体の人形からだった。
 人体を忠実に模してつくられたそれは、顎関節に使われている発条を軋ませて、ゴムの薄膜でつくられた声帯を震わせていた。
 だがその声は、人間の声ときき間違えるにはあまりに作り物めいていた。
 男は失望を露わにする。
「やはり、駄目か……」
「……さ、……は……る、く……」
 人形は与えられた命令を実行しようと、自身の機構を作動させて声を紡ぎつづける。だがやはり、人間であるべくして作られたそれは、人間ではないのだ。どこまでいっても、紛い物。精巧な人体模型ではあっても、男の求めていることからすれば、オルゴール以下でしかなかい。
「やはり駄目なのか、駄目なのか。……人間とまったく同様の機構を作ったはずなのに、どうして駄目なのだ? どうして言葉ひとつ、まともに話せんというのだ?」
 男の苛立ちに、もちろん人形は答えない。ただ、求められる言葉を発音しようと、フェルトの唇を開閉させている。
「……やはり、そうなのか。そうなのだな。」
 呟く男の瞳は、狂気の色を増していく。
「機構は人間と同じなのだ。それで駄目だというならば、部品も人間と同じにすればよいのだな。そうすればよいのだな」
 打開策を見いだした男は、ささくれた唇を笑みにゆがめる。この部屋に鏡があれば、男自身が嫌悪をおぼえたであろう、ゆがんだ笑みだ。
 人形は――なだらかな曲線から、年若い女性を模したのだろう人形はただ、発条と歯車と石油の循環する稼動音を、怨嗟のように低く響かせているのだった。
「もう少しだけ待っていておくれ、月鈴。すぐに話せるようにしてあげるからな」
 初老の男は人形に頬擦りして、いとおしげにささやく。
 人形は答える。
「ま、は……な……い……」

「……お、と……さ……ま、は……、……る、く……な……い……」



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