『ヲトメの光』

 亜季が目を閉じて念じると、水を掬うように掲げた両手に光球が生まれる。最初は蛍のように弱く儚げな光だったが、徐々に光度と大きさを増していく。
「これが精一杯」
 うなじに薄っすら汗をかいた亜季が、ようやく目を開けた。その手には、おにぎりよりも少しだけ大きな光球があった。暖色系の淡い光を放つそれは、「熱そう」というよりは「温かそう」という印象だ。
「触ってみてもいいよ。大丈夫、火傷したりしないから」
 ぼくの心を読んだのか、亜季はこくりと頷く。ぼくは興味いっぱいに手をのばし、亜季の両手に包まれた球体を突付いてみる――最初の印象どおり、それはほんのりと温かかった。触れても安全だと理解すると、さらに興味が湧いてきた。
 光の球といっても、ただ光の屈折が球体に見えているのではないらしい。「つるり」というか「ぬるり」というか、そんな感触があるのだ。指で押してみると、濡れたスポンジ程度の抵抗がかえってくる。もう少しつよく押してみると、ぬる、という感覚とともに指が光球のなかに埋まってしまった。
「ん……」
 亜季がちいさく呻いたものだから、ぼくは慌てて指を引っこ抜く。どうやら光球のなかは亜季と感覚がつながっているらしい――亜季自身もはじめて知ったようで、驚いていた。「痛い」ではなく「むず痒い」という感じらしい。
 亜季がなんの脈絡もなく超能力に目覚めてから三週間――はじめて見せてもらったときは本当に、蛍のお尻か米粒か、という程度の光でしかなかったのが、いまはおにぎりよりも大きくなるまでになっている。このまま訓練していったら、最後はどこまで大きな光球をつくれるようになるのだろうか――ぼくも亜季も、怖いのが半分、興味が半分だった。
 そしてもうひとつの問題が、この超能力の使い道についてだ。将来的にどうなるかはわからないが、目下のところ、切れかけの白熱灯よりも弱いくらいの光が限界のようで、これだと停電のときに懐中電灯代わりにするにも心許ないようにおもわれる。夜歩きには便利そうだが、光球を生みだすのは見た目以上に疲れるものだそうで、気軽に使えるものでもないらしい――有効な使い道は、現在模索中ということにしておこう。
「あのね……」
 亜季がもじもじと言ってくる。
「あのね、もういっかい指、入れてみない?」
 けっこう気持ちいいかもしれない――と恥ずかしそうな亜季。
 案外、使い道はもう見つかっているのかもしれない。



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