『完全被甲弾』

 とあるデパートのオモチャ売り場。
 小学生くらいの男の子が母親らしき女性の手を引いて、さっきからしきりになにかを訴えている。
「ねえ、ママぁ。良いでしょお」
「駄目です! こんな血が出るようなゲーム、子供がやるもんじゃありません!」
 母親の態度はにべもない。しかし男の子も、このくらいでは引き下がらない。
「えぇっ、でも、サトルくんは買ってもらったって言ってたよ」
 母親は、必殺の常套句を発する。
「ヨソはヨソ、ウチはウチ」
「えぇっ、でもぉ……」
 男の子はまだ諦め切れないようだ。
 母親はそんな男の子を無視して言葉をつづける。
「だいたい、悟くんのお母さんはなに考えてるのかしら。子供にあんな残酷描写のあるゲームを買ってあげるだなんて……」
(さっきは、ヨソはヨソって言ってたくせに)
 と男の子は思ったけれど、口にはしない。
「んじゃぁさぁ、あれ買ってよ」
 と、ゲームはダメだと見切りをつけた男の子は違う棚の商品を指差す。
「え? あれは前、買ってあげたでしょ」
「違うよ! 前のはベレッタM1919で、これはグロッグのニューモデルだよ!」
「どれも同じでしょ、拳銃なんて」
「違うよ! 装弾数とか反動とか、使い易さが全然違うもん! ねえ、サトルくんはもう買ってもらって、昨日ホームレスで試し撃ちしてたよ」
「だから、ヨソはヨソ、ウチはウチ――駄目よ、買いません」
 ここで、男の子は諸刃の殺し文句を発動させる。
「買ってくれたら、買い食いもしないし、遅刻も寄り道もしないし、宿題だって毎日ちゃんとやるよ。だからさぁ、ねえ、いいでしょお」
「……」
 母親が考え込むと、男の子はここぞとばかりに押し込む。
「ゲーム欲しいってもう言わないからさぁ。ゲーム買うより、ずっと安いし……いいでしょ?」
 男の子はきらきら光る眼差しで母親を見上げた。母親は小さく笑いながら溜息を漏らす。
「しょうがないわね」
「ほんと!? やったぁ!」
「ただし、いま言ったことを守らなかったすぐに取り上げますからね」
「うん! ありがとう、ママ!」
 男の子は跳び上がらんばかりに喜んで、銃の棚に走り――
「待ちなさい」
 母親がその背中を止める。
「なに?」
 振り返った男の子に、母親は諭すように声をかける。
「いくらホームレスでも無闇に撃っては駄目よ」
「え……」
 
「弾だってタダじゃないんだから、一日一人までにしなさいね」
「はぁい!」
 男の子は元気よく返事した。



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