『祝祭都市』

「あ、とーちゃん!」
「だれがじゃ!」
 ――ということで、このガキの父親を探してやるはめになった。

「やあ、そこの道行く親子連れ」
「親子ではない。で、なんだ?」
 見ると、鰻だった。目打ちされて腹を裂かれている最中だ。
「鰻丼、食べていかんかね?」
「それはいいけど……痛くないの?」
 とガキがきく。
「痛いさ。だが、これも謝肉祭の一環」
「シャニクサイ?」
「そう。こうやって腹を裂かれることで、肉体のありがたみを実感するのだよ」
「……マゾ?」
 ともかく、鰻丼は美味かったので感謝した。やはり炭火にかぎる。

「そこな人間、酒を飲め」
 酔いどれ天使がふらふらと飛んできた。キリストの血を飲みすぎたらしい。
「今宵は千年ぶりの聖餐の夜。さあ、おまえたちも飲めや唄えや」
 手渡された杯には、どろりと赤黒い液体が満ちている。
「さあ、飲め」
 鼻に近づけると、鉄の匂いがつんとする。とても、飲みものだとは思えない。
 すると、天使がもうひとつ飛んできて、
「無理に飲まずともよい。生搾りは催吐性があるゆえ、人間にはきつかろう」
 そういって杯を奪いとり、酔いどれ天使を担いで飛んでいった。
「ねえ、とーちゃん」
「とーちゃんではない。で、なんだ?」
「天使もお祭り好きなんだね」
「いや、奴らはカーニバル好きじゃなくて、カニバルなんだ」

「あ、とーちゃんだ!」
 ガキが走りだす。そのさきには、朽ち果てたドームが鎮座している。
「よう、知ってるか?」
 ガキを追おうとしたら、背後から呼びとめられた。
「グラウンド・ゼロってのは原水爆の爆心地をいうんだぜ。知ってるか?」
「いや」
 後ろをふり向くも、誰もいない。声だけがきこえてくる。
「わかりやすく説明すると、オレの同類がいるところがグラウンド・ゼロなんだ」
「アンタのいるところ?」
「ここだよ、下だ」
 いわれて下を向くと、いた。影だった。体はない。影だけが瓦礫の上にへばりついてる。
「なあ――体がなくなっちまったオレと、体がぐちゃめちゃになっちまったヤツらと、どっちが幸せなんだ?」

 廃墟の中からガキが戻ってきた。
「とーちゃん、死んどった」
「そうか」
「まあ、しゃあねえや。ねえ、とーちゃんになってよ」
「なるか、馬鹿」
 今でだけでいいからさ、今だけだぞ、……ケチ、なにかいったか? ううんなんにも……、……、……。

 祝祭と死 ende?



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