『コッペリア』

「ご主人さま、紅茶をお持ちしましタ」
 アンティークドールが紅茶の用意を携えてくる。
 ネル博士(博士といっても髭はないし、まだ二十代)はリクライニングチェアから身を起こして、笑顔を向ける。
「ありがとう、アンティーク」
「これがワタクシの仕事ですかラ」
 アンティークは人形だから、表情はかわらない。だけど創造主であるネル博士は、彼女が照れているのだとわかる。
「じゃあ、いつもお仕事を立派に勤めてくれて、ありがとう」
「……恐縮でス、ご主人さま」
 寝椅子の横のサイドテーブルに盆をおき、紅茶を淹れるアンティーク。
 ネル博士はその手馴れた動作を眺めながら、思いだしたように口をひらく。
「そういえば、ニューモデルの様子はどうだった? まだ調子が悪そうだったかい?」
 淹れたての紅茶に手をのばすネル博士。カップを寄せて、やわらかな湯気で鼻腔を満たす。
「……アンティーク?」
「はい、順調に回復していると思われまス。ニューモデルの回路は複雑すぎてワタクシには理解しかねますガ、深刻な機能欠損はないように判断されまス、ご主人さま」
 いつになく機械的な返答。まるでコンピューターの電子合成音。
 ネル博士は香りよい紅茶を一口すすり、手のかかる娘を見るような目をアンティークに向ける。
「アンティーク、きみはニューモデルが嫌いかい? 彼女はきみの妹なんだから、もう少し優しくしてやってくれ。頼むよ」
「はい、ご主人さま。ですが、ワタクシは十七世代前のモデルでス。ニューモデルに使用されている回路がワタクシの理解できる範疇を逸脱しているのは事実でス。ですから、“もう少し優しく”というニュアンスをニューモデルに対してどのように適用すべきかを決定するための観察時間をもうしばらく猶予していただけることをご諒承いただけますでしょうカ」
「……はいはい、諒承しますよ。しますってば」
 本当は諸手を上げて降参のポーズをしたっかけど、紅茶をこぼすといけないので、首を竦めるだけにしておく。
「ありがとうございまス、ご主人さま」
 アンティークは完璧な角度で腰を折り、お辞儀した。

 ネル博士が第一号のアンドロイド「アンティークドール」を開発したのが百年前。その後もネル博士の研究はつづき、最新型の「ニューモデル」で十七世代になる。
 十一世代が完成した頃に、人類はネル博士ひとりを残して滅亡した。
 不死病に冒されたネル博士は、アンドロイドを創りつづける。



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