『カウントダウン』

『おまえを呪った。60分後、おまえは死ぬ』
 帰り道で着信した携帯を見ると、そんな文面のメールが入っていた。送信元のアドレスは一般的なフリー取得できるアドレスだ。
「くだらないメール」
 わたしは笑ってメールを削除した。出会い系サイトの迷惑メールよりは楽しかったけれど、三分後にはもう忘れていた。
 また着信がきた。ほとんど条件反射で携帯を確認すると、またさっきのアドレスから届いたメールだった。
『50』
 なんのことだ、と思って着信のタイムスタンプを見ると、一通目のメールからちょうど十分後のスタンプになっていた。
「つまり、カウントダウンのメールってことね」
 手の込んだことだ、と面白く思った。送受信の管理ツールを使えば、指定の時間に指定の文面を送信することは簡単だ。一度セットしておけば、あとは全自動。
 ちょっとの手間でそこそこ楽しめる。これを考えたやつはきっと今ごろ、こちらの反応をあれやこれやと想像して楽しんでいることだろう。
 電車に乗ったところで、また着た。
『40』
 だんだん楽しくなってきた。ちらちら時計を確認して、早く十分すぎないかと待ちわびてしまう。
『30』
 もう半分が過ぎた。もし何か起きるとしたら、どんなことが起きるんだろう。
『20』
 駅をでた。あとは家まで夜道を歩く。街灯は立っているけれど人気はない。でもそれは、いつものこと。
『10』
 ……緊張してきた。あからさまな冗談でも、舞台が整うと恐怖を誘うものだ。いまのが最後のメールだったのだろうか。
 と思ったら、また届いた。
『5』
 今度こそ最後だろう。道はいつになく暗く、ヒールを履いた自分の足音がコツコツといやに響く。
「――!」
 わたしのものではないスニーカーの足音が、後ろから近づいてきている。
 気がついたら走りだしていた。すると足音もわたしを追いかけてきた。怖い、怖い!
「あ!」
 暗がりに足をとられて転んだ。足音がすぐ背中まで迫る。嫌だ、怖い。身体が動かない。喉に砂が詰まる。声がでない。地面がまわる。嫌だ、立ち上がれない。嫌だ嫌だ。這って逃げる。逃げないと殺される殺される殺され
「大丈夫」
 足音の主は優しい声で微笑むと、震えるわたしの肩をぽんと叩いて耳元でささやいた。
「まだ、あと一分あるから」



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