『甲殻機動おばあちゃん』

「おばあちゃん、こんにちは!」
「おうおう。みっちゃん、来たかい」
 孫の溌剌とした声に、妙子は望遠モードを解除してまだ小さな道子を視界いっぱいに収めた。
「みっちゃんは元気にしてたかい?」
 無機質な電子音ではない、流行りの声優にアフレコさせたオーダーメイド物の音声だ。高い買い物だったが、可愛い孫と楽しく話すためだ。痛くも痒くもない。
「うん、元気だよ。おばあちゃんも元気そうね」
「元気だとも、元気だとも。この前まではオイルが合わなくって指がギシギシって困ってたんだけど、みっちゃんのプレゼントしてくれた高級オイルのおかげで、ほら、この通りさ」
 妙子は黒い合成樹脂に覆われた複球動力式マニピュレーターとCFRP製の腕のつなぎ目をきゅるきゅる動かしてみせた。
「ほんとだ、あたしとおんなじ!」
 妙子の真似をして、道子も手首を右に左にぐるぐる回す。
「――それでね、みっちゃん」
 孫の笑顔をメモリに保存すると、妙子は音声を低めて言った。
「みっちゃんのパパとママ、今ちょっとお留守にしてるでしょ」
「うん」
「だから、パパとママが帰ってくるまで、おばあちゃんと一緒に暮らしましょうか」
「でも……」
 道子は不安そうな顔をする。自分が留守してる間にパパとママが帰ってきたら心配するんじゃ――そう思ったのだ。
「大丈夫よ、パパとママにはちゃんと連絡してあるから」
「ほんと?」
「おばあちゃん、みっちゃんに嘘を吐いたことあったっけ?」
「ううん!」
 心配事がなくなった道子は大きな笑顔で頷いて、極高張力スチール制の丸っこい胴体前部に抱きついた。妙子も片手――四匹の太い鰻のようなマニピュレーターで孫の背を撫でてやりながら、背面下部の冷却ファンを一鳴きさせる。
「さあ、そうと決まったら買物に行かなくちゃ。家にはオイルと冷却材なら腐るほどあるんだけど、みっちゃんが食べれそうなものを買わないと。ああそれから蛍光灯と洗面道具と、あとトイレットペーパーと……買うものがいっぱいあるから、みっちゃんも手伝っておくれよ」
「うん。道子、おばあちゃんと買物行くの好きだよ」
「そうかい、そうかい。嬉しいねえ」
 妙子が搭乗ハッチを開けると道子は嬉々としてコクピットに乗り込む。コクピット内のモニターに外の景色が映しだされ、道子は元気よく叫んだ。
「おばあちゃん、発進!」
 孫の号令を合図に、四輪のボールタイヤはじつになめらかな加速で車道を走り出したのだった。



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